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平成13年 12月13日 残念ですがそう云うことになりました。 発売に向けて協力してくれた小野木一樹様、佐々木孝様、星哲哉様、西之園修様、秋山嘉孝様、萱沼瑞樹様、ありがとうございました。力及ばず申し訳ありません。 それにしても結構へこみましたね。私自身、さねよしいさ子のファンということもあって本人から駄目を出されたって事もあるし、あれだけの曲を作ったさねよしいさ子だったらわかってくれるんじゃないかとか云う思いこみもありましたし。 やっぱり私の作品は、世間には認められないのかなぁなんて改めて思ってしまいますが。テレビで放送できないのはしょうがないとして。 勿論、私自身、世間の人が喜んで私の作品を見るなどありえないとは思っていますがマイナーならマイナーなりに居場所って云うか、世の中の隅っこにあってもいいんじゃないかなぁと思うんですけどね。作品制作が継続できる程度には。 いや、私はそれでも作品制作を継続している訳なんですけど、でもそれって結構無茶している部分もあるんじゃないかと思います。仕事の隙を衝けるフリーアニメーターだからというのもあるし(荒尾さんごめんなさい)、私自身、他に何もできないからって云うのもあるし(他になにかできたらとっくにアニメーターやめてます)、『星に願いを』を上映会に出したときアンケートで「(この作者は)人生捨ててる」というのがありまして、その時は笑いながら「そんなわけないだろ」と思ったのですが、一人で死んで死体が発見されるのは死後数ヶ月とかいう生活をしてるんだからやっぱり人生捨ててるかも。そのぐらいじゃなきゃ、「アニメーション」と云えるようなものを作り続けることができないのだとしたらそれはやっぱり酷なことではないかとも思います。 堺君の作品だったらどうだったかなぁ。 あと、アニメーションに関しては道って云うのがありませんね。道って云うのは、例えばマンガ家なりミュージシャンなりが自分の力を頼りに世に出てゆくって云うのは確立された道がある、という意味での道なんですけど、アニメーションの場合は制作するのに桁違いの金がかかるせいかなかなかそう云う風に行かないというのはわかりますが、じゃぁだからといって今までのようにつまんない作品ばかりでいいのってことにもなるし。 アニメ業界内部で絵描きが作品制作のイニシアチブを取ることも確かに多いのですがその場合、その人が余程絵がうまい場合に限られるわけで、だから下手なおまえが悪いと云われれば返す言葉もないのですが。 あるいはマンガ家を志していれば。でもマンガ、動かないし。 |