平成14年 5月20日

 先日、まとまった金が入ったのでかねてから懸案だったLDBOX「ど根性ガエル・下町人情コレクション下」(中古)を買ってきました。発売当時に予約したんですけど新品だと8万円もしたので結局買えなかったのです。その時の注文票を未だに持っておりますが発売日の日付が96年3月1日となっていてなんと6年前なんですね。よくも待ったと言うべきか、よくもそれまで買えなかったものだというべきか。
ようやく手に入れたのはよいのですがなんかすぐにDVDが出そうで怖いです(笑)

 そもそもレーザーディスクプレーヤー自体、この『ど根性ガエル』のために買ったもので、プレーヤーとソフト上巻で12万円ほど出してしまったらそれで力つきてしまい結局下巻までは買えずに数年を経てしまっていたのでした。未だにLDソフトもこの『ど根性ガエル』上下巻と『ガンバの冒険』しか持ってないんですよね。未だにといってももうこれ以上増えることはないとは思いますが。
 そんなわけでたいして使っていないにも関わらず、再生面を変更するとプレーヤーから変な音がするようになってしまって、結局A面を見終わったら取り出してひっくり返して再生してます。ちょっと悲しい。

 しかし先入観というものは恐ろしいものでディスクの小さなDVDよりレーザーディスクの方が再生されている画面がまるで大きいかのような錯覚を覚えます(笑)

 というわけで、ここのところ『ど根性ガエル』ばかり見ているのですが、やはり素晴らしいですね。とは云っても改めて見直してみると作画のいい回とそうでもない回の違いが意外と大きかったりもしました。ピョン吉が跳ねるCutで、袖が伸びているという絵が必ずしも毎回あるわけではないと云うのは驚きでした。なんか全部そうだった印象があったのですが。
作画のいい回は本当にすごいです。なんでうまいんだよとか思いますがそりゃぁうまいからうまいわけであって「なんで」もなにもない訳なんですけどなんでと思うくらいそれほど素晴らしい作画なのです。後半になるとキャラの立体感が過剰と云えるほどになってきます。
振り返って自分の仕事を見てみると俺の今までの人生はなんだったんだ、と思わなくもないのですがあれほどレベルが違うと素直に鑑賞してしまいます。はい。
おそらく本人は否定すると思いますがアニメーションを知り尽くしている。
キャラがS.Lでフレームインしたかと思えば1Kとか平気で使ってるし。1Kというのは単に中わりを1K打ちでやっているという意味ではなく、動きの激しいCutなどで(おそらく)原画をいっぱい描いてその中の一枚を1Kで撮っているという意味です。

 ただ、演出というか作画以外の点については問題点も散見します。それは指が4本しかないとか、吉害とか過田和とか(ATOKの第一候補のままです)の音声が切られているとか、新八がたばこの煙でわっかを作る特訓を大人とやるとかそう云うことではなくて、例えばひろしが南先生をいじめるのがあっけらかんと表現されてるとか、案外因果応報のオチのない話もありまして他の話数をみると必ずしも南先生というのはそう云うキャラクターとして扱われているわけではないのでやはり違和感を感じたりもします。まさか教員は偉いからいじめていいんだと思っていたわけではないでしょうが。
「民主教育は間違っていたのか。」(町田先生)
新八は昔見ていて嫌いだったけど今見ても好きになれないし。

 絵の演出面では縦の変化と申しましょうか、高台の上にいる者と下にいる者で1ショット内で会話しているとか、この辺はロケハンをしたと付録のインタビューにありましたが、単純なようでいてテレビアニメの現場では案外(頭を使うという点で)手間がかかったりもする部分ですよね。

 しかし、今うちにあるディスクを汚したり破損したりすると、もう手に入らないだろうから取り扱いにもかなりびびっております。私にその権限があれば文化財に指定したいくらいのものですじゃ。
 ヘーゲルに倣って「動画者たる者『ど根性ガエル』主義者であれ」と主張したい、って少々即物的過ぎますかね。

 とはいってもどうなんでしょう、いや、勿論、世間の人ってのは私が思ってたよりずっと見る目が確かであったというのは何度か経験してはいるのですが、世の中にはある作品の作画の善し悪しを、影がついているかいないかによってしか判断できない者もいるわけで、大塚康夫氏は「アニメファンは顔しか見ていない」という意味のことをその著書で嘆いておられますが、それすら見ていない人も、中には、いるんですよね。

 キャラクターが今放送中の『ロックマン』とわりとアナロジーなので『ど根性ロックマン』とかつくろうかと思って色々考えていたら、ロックマンって熱斗くんとめしのことで喧嘩とかしないよなぁと云うことに気がつきました。今のアニメのその上品さってなんなんでしょうね。(女の子は下品になってるみたいだけど)だからといって下品さそれ自体を目的としてしまったら醜悪にしかならないし。(誰とは云わないけど人間の汚い面とか弱い面だけ見て俺はこんなに人間のことがわかってると勘違いしているようなね)

 上巻発売当時に改めて見て、ひろしのかあちゃん34歳なんだよなぁと松野利晴氏と嘆きあった記憶がありますが当時はそれでもまだひろしのかあちゃんの方が年上だったのですが今やひろしのかあちゃんも年下の可愛い女の子。う〜〜〜ん。
京子ちゃん可愛いな〜〜〜とか思っても自分の娘でもおかしくないわけだし。
それも言い訳か。

 それにしても寿司食べたい(笑)


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